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ファイティングファンタジーゲームブック日本未訳作品の翻訳活動
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スカラスティック版FFゲームブック第12巻 書下ろし新作
「死の門扉 The Gates of Death」
著者:チャーリー・ヒグソン Charlie Higson
表紙イラスト:ロバート・M・ボール Robert M Ball
本文挿絵:ヴラド・クリザン Vlado Krizan
地図イラスト:レオ・ハータス Leo Hartas
作品舞台地域:西の海、アランシア るつぼ諸島、ポートブラックサンド、シルバートン、サラモニス、トロール牙峠、青銅平原、隠形都市
項目数:470

本書の主人公(読者)は、るつぼ諸島という島で「守護者」と呼ばれる寺院に仕える侍者です。西の海の南方にあるこの島では「守護者」達による治療薬の研究と製造が行われてきました。この島を訪れた者は誰も、石で出来た巨大なるつぼによる薬の製造を見る事になり、それで島名の由来も知る事になるでしょう。
ある日、アランシアから急な報せが来ました。アランシアでは今、「悪魔病」という伝染病が急速に広まっているというのです。この病に感染した者は恐ろしい悪魔じみた化物に姿が変わり、周りにいる人々を襲いだすというのです。襲われた者も同じ病に感染して悪魔に姿を変え、爆発的に犠牲者を増やしていきます。このままではアランシア全土が悪魔病に覆われ、悪魔の住む大陸になり果ててしまうでしょう。そればかりか、アランシアのみならずタイタン世界全てがそうなるかもしれません。
それでも悪魔病には治療法がありました。るつぼ諸島で作られる「煙油」と呼ばれる、特殊な薬草を抽出して作った薬煙を浴びれば元の姿に戻れるのです。しかしながら「煙油」はそんなに多く備蓄されている訳ではありません。アランシアの広い地域に流行した感染者全てを治療するにはとても足りないのです。この少ない量の「煙油」でアランシアを救う道は一つ。アランシアのどこかにあると伝えられる大地の女神スロフの寺院へこれを持って行き、そこの女教皇の魔力で薬の力を増大・拡散してもらう事でした。早速「守護者」達は用意した「煙油」を船に積んでアランシアへ渡り、スロフ寺院を目指す旅に出発しました。主人公の侍者は師であるトビン修道士の補佐としてこの船に乗り込みます。まずは秩序ある港ケインレシュ・マへ上陸し、そこの学者達からスロフの寺院とそれが所在する見えざる隠形都市の情報を得る事。が、しかし…。
「守護者」の乗る船は激しい嵐に見舞われて漂流し、主人公とトビン修道士を除く仲間達は全て死んでしまいます。船が難破して、残った手持ちの「煙油」も10個のみ! そして主人公達が流れ着いた場所は秩序あるケインレシュ・マではなく、盗賊と悪人達の巣窟ポートブラックサンドだったのです…。


「死の門扉」はこのような背景ストーリーで始まります。アランシアで爆発的に感染者を増やしている悪魔病を根絶する為に、その治療薬を隠形都市にあるスロフの寺院へ持っていく事。そしてこの病気の発生源は一体何なのか?

冒険はいきなり危険な町ポートブラックサンドで始まり、その序盤の選択次第でかなり先の進め方が変わってきます。一つは善の大魔法使いニコデマスの助力を得て旅立つルート。もう一つは何とアズール卿の面前に連れて来られて、冒険に出るよう強いられるルート! プレイヤーがアズール卿の御前に連れて来られるというのはシリーズでも初めての展開であり、これだけでもストーリー的にかなりの見せ場でありましょう。
そして本作は旅の範囲が結構広いというのも特徴です。項目数が470もある事から分かるように、結構なボリュームです。ポートブラックサンドを出てシルバートンに泊まり、「バルサスの要塞」や「トロール牙峠戦争」にも登場した名君サラモン王の統治するサラモニスへ。ああ、しかしそのサラモニスとその王までもがあのような惨状になっていようとは! サラモニスを命がけで突破し、隠形都市の手がかりを求めてトロール牙峠へ。そして物語は災厄の元凶である闇の女王にして悪魔の母と呼ばれるウラカーとの最終決戦へと続いて行きます。

本作をプレイして感じるのは、剣と魔法のファンタジーでありながらお話の展開が現代ゾンビもの(感染ものまたはパンデミックものアドベンチャー)に非常に近いという事でしょう。感染した者は凶悪な悪魔になってしまうという悪魔病が蔓延し、主人公はこれを避けつつ、時には戦いながら難関を乗り越えていかねばなりません。主人公やその同行者がある意味で単純な死よりも恐ろしい「感染」の恐怖にさらされながら進んでいくのは、まさに現代ゾンビものそのものです。ただしそこは剣と魔法のファンタジーで、主人公には悪魔病を治療する手段があり、敵として出現した感染者を戦う事なく「煙油」で人間に戻してやる事も可能です。ただしその薬には限りがあり、出会った全ての感染者に用いる事は出来ません。「煙油」を最低一つはスロフ寺院へ持って行かねばならないのですから。数に限りのある「煙油」を道中のどこで使うべきか、それが本作攻略の鍵でもあります。
シリーズ30周年記念作である「ゾンビの血」は現代ルーマニアの古城を舞台としたアドベンチャーゲームでしたが、リビングストン氏によると当初は従来通りのタイタン世界を舞台にしたゾンビものとして構想したと語っていました。最終的には現代を舞台にしたゲームになった訳ですが、奇しくも「ゾンビの血」の当初構想だった「タイタンゾンビもの」は本作でチャーリー・ヒグソン氏が書き上げる事になった訳です。ヒグソン氏とリビングストン氏の交友の深さを考えても、これは決して偶然ではないでしょう。

470項目というボリュームと見所の多いストーリー、場面転換と起伏の多いゲーム展開、感染ものと数に限りのある治療薬というアイデアなど、本作は久しぶりの新作として相応しい良作と言えるでしょう。長らく新作を待った甲斐はありました。今から翻訳のし甲斐がある本で、なるばく早い時期にお届けしたいと思います。

一方でいくつかの欠点もあります。この本で特に多かった問題点として、一度行った行動や場所移動の繰り返しに対する処理がいい加減だという点が挙げられます。例えばいくつかのアイテムや扉を発見した場面で、それらムを調べたい場合はそれぞれ所定の項目へ行って確かめるという状況があったとしましょう。ところがここの文章で「もしまだなら何々を調べよ」という記述が欠けている場合が非常に多い。このままだと何度でもアイテムを取ったり行った事のある場所を調べたり出来てしまうという不具合が生じてしまう訳です。特にゲーム前半にあるサラモニスの探索では町の各エリアが双方向移動可能になっているものの、「もし以前にここに来た事があるなら何も見つからない」という類の記述がなく、何度でもアイテムや金が入手出来てしまうように解釈される危険があるでしょう。これは大変な手抜かりです。同様にこのゲームでは時間や場所を遡って以前のシーンに戻れるアイテムや状況(ソーサリー4巻のZEDの魔法や、「黒き血脈の予言」のラスト直前で選択次第では最初の項目に戻されるようなもの)があるのですが、この際にも持っている金やアイテムをどう処理するのか指示されていない場合が多い。アイデアは良かったのですが、それに伴う面倒な指示や処理の仕方が非常に甘かったと言えます。これはゲームブックを書きなれていない人ゆえのミスでしょうか。

さらにもう一つの欠点として、本書は美術面でかなり損をしている本ではないかとも思います。これは著者ではなく絵描きとそれを起用した編集側の問題でしょう。
まず表紙の問題。スカラスティック版FFの表紙はいずれもロバート・ボール氏というイラストレーターが新たに書き下ろしてきました。ボール氏の画風はいわゆるカートゥーン風で、かつてのパフィンブックス版やウィザードブックス版の各表紙ような精密なリアル系とは大分違っています。この起用はスカラスティック社が児童向けをメインにした出版社という事にも原因があるのでしょう。そうした年齢層を読者に想定してボール氏のような絵描きを起用したのではないか。ただし昔とは大きく違った画風とは言え、ボール氏の表紙絵は一応許容範囲だと思います。問題は本書(に限らずスカラスティック版7巻から12巻全ての)表紙の装丁です。冒頭で本書表紙図を転載しましたが、表紙の中央に小さな丸いエリアがあってそこに主要敵キャラ(ウラカー)の顔が出ているだけ。1-6巻の表紙は同じくボール氏の絵が1頁フルに描かれていたのに、これはちょっとあんまりなのではないか。なんでこんな貧弱でみすぼらしいデザインになっているのか。そもそもボール氏は本書含む7-12巻の表紙イラストもキャラクターの顔部分だけでなく1頁フルの絵として描いています(それらのいくつかはボール氏当人の公式サイトでも公開されている)。なのに、何でフルに描かれた絵の一部分だけを切り取って載せるようなデザインにしたのか理解出来ません。以下は英国のファンが自分で(1-6巻風に)合成して作った本作の表紙ですが、これの方がはるかに良かったでしょう。



表紙の装丁以上に問題なのは本文挿絵です。これははっきり言ってファイティングファンタジーの作風には合いません。スカラスティック版FFの本文挿絵は旧版のものを使わず、全てヴラド・クリザン氏というイラストレーターによる新規書き下ろしとなりました。しかしながらこれは大失敗と言わざるを得ません。クリザン氏は元々SF畑の、それも風景画をどちらかと言うとメインにしてきた画家で、剣と魔法のファンタジー世界を描くには全く画風が合っていないのです。しかもぼかしによる遠近効果を多用する画風という事もあり、これまでクリザン氏が描いたFFの挿絵もグレースケールによる濃淡で色や影を描写するやり方でした。ウィザードブックスまでのFFゲームブック挿絵が基本的に白黒二階調で描かれて来たのとは大きく異なります。しかしながらスカラスティック版FFの挿絵は実際に本を読んでみると酷い見栄えで、ペーパーバックのあまり良くない印刷品質ではこのグレースケール濃淡が十分に再現されず、濃淡の差の微妙な部分が見分けられなかったり、濃い灰色がただの黒ベタにしか見えなかったりという惨憺たるものでした。おそらく元の原画データをコンピューターのモニターで見たり、もっと高品質な紙と印刷レベルで刷ればきれいに出るのかもしれません。しかしながらそうした高品位印刷方式ではなかった上に、描いたクリザン氏もおそらくこうしたペーパーバック印刷に合わせたグレースケールで描くのに慣れていなかったのではないでしょうか。コンピューター画面上できれいに出た色やグレーのレベルがそのまま紙に出ると油断したのかもしれません。同人誌の原稿をコンピューターでやった時などにもよくある事です。こうした問題は7-12巻の挿絵でも同様で、以前の失敗から何も学ばず描いたのは明白でしょう。せめて濃淡差が潰れずにある程度しっかり見分けられるような灰色使いを考えて塗って欲しかったものです。
いずれにせよ作品のイメージと挿絵の画風が根本的に合わない所から来る違和感ばかりはどうしようもありません。本人的にはがんばったのかもしれませんが、やはりクリザン氏によるFFの挿絵はこれで打ち止めにして欲しいというのが正直な所です。

「死の門扉」のワンシーン

ただしクリザン氏の名誉の為に言うならば、6巻「危難の旅路」と12巻「死の門扉」(つまりいずれも書き下ろし新作)の挿絵が他10冊のスカラスティック版FFに比べればいくらかマシに描かれているのは確かでしょう。これは旧作の復刊である10冊ではイラストを旧作のイメージに忠実に描かされているからです。つまりイラストレーターのオリジナリティを発揮出来る条件になかった。どうもヴラド・クリザン氏という絵描きは自分独自のオリジナリティを発揮出来る環境と条件にないと良い絵が描けないタイプなのかもしれません。特に「サイボーグを倒せ」の挿絵は、クリザン氏がモノクロ二階調のアメコミ画風を苦手としていた事もあって酷いものでした。さらに「モンスター誕生」のイラストは旧作の挿絵が持っていた意味(イラスト自体がゲームのヒントになっている時がある)を再現していないという、それ以上の最悪振りです。この辺りの話はまた別項で論じてみたいとも思います。


特に最悪だったクリザン氏による「モンスター誕生」のサイ男の絵。旧版では絵自体にゲームのヒントが隠されていたのに、クリザン氏の絵ではそれがなくなってしまっていた。

挿絵を新しく描かせるのは良い。新刊が少ないばかりか、再刊分も旧来のバグなどを修正せず手抜き復刊する(せめて「地獄の館」は短編の雑誌版を同時収録して完全版として欲しかった)とあれば、せめて絵だけでも新しくしてくれた方が見所があるでしょう。でもなぜにクリザン氏だったのか。マーティン・マッケンナ氏(「闇の短剣」以降「狼男の雄叫び」「火吹山ふたたび」など、言わずと知れた後期FFを代表する絵描き)じゃ駄目だったの? ジェイソン・レノックス氏(「モンスター事典2」の新規分イラスト担当者)じゃいけなかったの? ケヴィン・クロズリー氏(「ゾンビの血」挿絵担当。他に近年のジョナサン・グリーン作品の挿絵も)という選択肢はなかったの? 他にももっと良い選択肢はあったでしょうに。かつてFFが人気を博したのは内容はもちろんの事、表紙や挿絵といった美術面が優れていた事も決して無視出来ません。今のスカラスティック版はそうしたかつての長所が台無しになっているのではないでしょうか。せめてそれぐらいは今後何とかして欲しいものです。

「ゲーム部分よりも美術面で問題」
本書を一言で言い表すとこういう事になるのではないでしょうか。美術面のまずさが足を引っ張ったと思います。でもそれにさえ目をつぶれば、純粋なアドベンチャーゲーム部分だけを見れば十分な良作であったと評価出来るでしょう。ヒグソン氏には今作以降もまたFFゲームブックを書いて欲しいと思わせるだけの作品であった事は間違いありません。

この「死の門扉」という本は我々に一つの教訓を与えてくれます。それはシリーズもの、ゲームでもドラマでも映画でもアニメでも何でも、とりわけ長期に亘ってシリーズが続く作品であるほど、「新しい血」の導入が必要であるという事でしょう。今回FFゲームブックにチャーリー・ヒグソン氏という新作家が参入し、その作品の出来栄えを見れば一目瞭然です。長らく新作家が登場せず表紙だけ変えた復刊が主だったFFゲームブックにもささやかな希望が見えた事は喜ばしい事でしょう。
同じ「FF一門」でも、TRPG部門であるアドバンストファイティングファンタジーについては新たなライターや編纂者が登場し、ルール改定された第2版の登場や「モンスター事典2」「タイタン本草書 Titan Herbal」といったルールブックや設定資料がいくつも刊行(ただしその多くは出版費用をクラウドファンディングで公募するなど、決して元手が潤沢な訳ではないが)されました。これらを実現させたアリオンゲームズ社のグレアム・ボトリー氏やファンから「プロ成り」したアンドリュー・ライト氏のように有能なライター達の参入や活発な活動は賞賛に値しましょう。これら「新しい血」の導入がAFF2を甦らせた訳です。AFF2は日本でも最近グループSNEによって正式に翻訳出版されるに至りましたが、それもまた「新しい血」を得て復活した必然的結果であったでしょう。これが「同門」たるゲームブック部門に示唆する所は大きいと言えます。
ヒグソン氏に加えてさらなる新たな「血」がFFゲームブックにも「輸血」されるのか(それには厳しいと言われるFFゲームブック執筆の契約条件も問題になるでしょうが)。今後とも注目される所であり、それが成功と発展の鍵となる事は間違いありません。もちろん何でも「新しい血」を入れれば良いというものでもないでしょう。血液型の合わない血を輸血したらかえって大変な事になる訳ですから。「血液型の合う新しい血」が果たして今後ともファイティングファンタジー一門のゲームブック部門にも適切に導入されるでしょうか?
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